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Car Museum

DOME-ZERO 1978

解説

1675年に童夢プロジェクトをスタートさせた当初は京都のマクランサの事務所の片隅が童夢の企画室となっていました。1976年ごろからスタイリングのスタディを始めましたが、そのうち作業の中心は大阪のハヤシレーシングの工場に移り、スタッフも集まってきました。童夢がレーシングカー・コンストラクターを諦めてロードスポーツカーを作ろうとしていたように、ちょうど当時のレース界はコンストラクターを目指していた連中が挫折し始めていた時期で、この頃はほとんどの名のあるデザイナー/コンストラクターたちが集結していたと言っても過言ではないような状況でした。各地から集まったスタッフは大阪の工場街にアパートを借りるも、ときどきお風呂に入りに帰るというようなハードスケジュールで開発を進め、なんとか予定の第48回ジュネーブ国際自動車ショーに間に合わせる事ができましたが、おかげで開発を開始した当初、4人いた既婚者全員が奥さんに逃げられていたというなんとも悲惨な2年間でした。
とりあえずこのプロトタイプが成功して今後の展開に繋がらない限りは後が無い訳で、この零は最初から童夢の打ち上げ花火と考えていましたから、とにかくインパクト狙いが基本コンセプトではありましたが、レーシングカーばかり造って来たスタッフにとってプレスのフュエルタンクやフロントガラスの製作、リトラクタブル・ヘッドライト等の設計はかえって新鮮で、改めて一般の乗用車の設計を見直してみたり、それなりに真面目に車造りに取り組んでいましたので、経験 不足ななかにも満足感と自信のもてる作品になったと自負しています。
ジュネーブショーでは大変な評判となり、連日いろいろなマスコミの取材を受けたので、少しは期待をしていましたが、帰国後すぐに玩具屋さんから商品化の申 し出があり、考えもしていなかったので大喜びで契約することにしました。しかし、その玩具屋さんが打ち合わせに来る前に数件の申し込みが続き、結局、その全てとアイテムごとのライセンス契約を締結することになりました。最終的にこの契約のおかげで京都の本社が建設できて、ル・マンにも参戦できた訳ですが、 最初の申し出が400万円で全ての商品化権ということだったので、この契約書に印を押していたら今日の童夢は無かったかもしれません。結局、それから一年余り、車両認定に関して運輸省との交渉が続きましたが、それは交渉なんてレベルの問題ではなく、俗に言うたらい回し、柳に風、暖簾に腕押し、糠にくぎ、時おりハリネズミのような威嚇も交えて、健全な精神の持ち主なら気が狂ってもおかしくないほどの狂気の世界で、こんな人たちを相手の努力なんて何の価値もないと国内での認定を諦めました。
そのためにアメリカで認定作業を行おうとDOME USAを設立し、アメリカの法規に準じた仕様の「童夢P-2」を開発することになりますが、志し途中にル・マン参戦の話が舞い込み、もともとレース好きの集まりですから、わっと興味がレースの方に集中してしまい、結局、中途半端な状態でプロジェクトは立ち消えとなりました。

SPECIFICATION

  • 全長:3980mm
  • 全幅:1770mm
  • 全高:980mm
  • ホイールベース:2400mm
  • トレッド前後:1400/1450mm
  • 最低地上高:130mm
  • 車両重量:920kg
  • シャーシー:スチールモノコック
  • ボディ:FRPセミモノコック
  • エンジン種類:水令直列6気筒
  • エンジン形式:L28型
  • 総排気量:2800cc
  • 最高出力:145ps
  • ミッション:ZF-5DS-25/2
  • ステアリング形式:ラック&ピニオン
  • サスペンション:前後ともダブル・ウィッシュボーン・コイル
  • ブレーキ前後: ガーリングAR5ベンチレーテッドディスク/ガーリングARGディスク
  • タイヤ前後:85-60VR13/225-55VR14

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